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根深いアメリカの黒人差別、その根底にある差別の歴史とは?

2020年5月25日、アメリカで起きた白人警察官による黒人男性ジョージ・フロイド氏殺害の事件は、アメリカ全土だけではなく世界中に大きな衝撃を与えました。

このページにたどり着いた皆さんは、なぜ、アメリカでは今も黒人差別が亡くならないのだろうという疑問を持っているかもしれません。

アメリカの黒人差別を知るためには、過去の奴隷貿易や奴隷解放宣言後も続いた黒人差別について知る必要があります。

というわけで、黒人差別の背景となった歴史や最近の差別問題などについて解説します。

黒人差別を生み出す元凶となった奴隷貿易

今から400年くらい前、ヨーロッパの国々は航海技術を発達させ、海へと乗り出していきました。大航海時代の始まりです。

1492年、スペイン女王の支援を受けたコロンブスがカリブ海の島々に到着しました。ここから、スペイン人たちによる中南米の征服が始まります。

ヨーロッパからカリブ海へ

コロンブスの到達から100年くらいたったころ、イギリスでは宗教をめぐる対立が深まりました。そのため、一部のイギリス人たちは船に乗って北アメリカ大陸に移住します。

その後、イギリスは北アメリカに住むインディアンと戦い、自分たちの住む土地を確保します。これが、アメリカの始まりとなった13州植民地でした。

ちなみに13の州は現在の以下の州となります。

  • マサチューセッツ
  • ニューハンプシャー
  • コネティカット
  • ロードアイランド
  • ニューヨーク
  • ニュージャージー
  • ペンシルヴェニア
  • デラウェア
  • メリーランド
  • ヴァージニア
  • ノースカロライナ
  • サウスカロライナ
  • ジョージア

1775年から1783年にかけて、13州植民地のイギリス系移民たちは重税をかけてくるイギリス本国から独立するための戦争を起こし、勝利します。
いわゆる「アメリカ独立戦争」というものです。

こうして、アメリカ合衆国が出来上がりました。

独立したアメリカ人たちのうち、南部に住む人々は綿花を育てる大農園を経営しました。この時、アメリカ人たちは労働力として黒人奴隷を“購入”します。

黒人奴隷をアメリカ人の地主たち(イギリス系の移民なので白人です)に売ったのがイギリス人をはじめとするヨーロッパ人たちでした。

ヨーロッパ人商人たちは西アフリカ沿岸の黒人部族に武器を与え、内陸部の黒人を“狩らせ”ます。

捕らえられた黒人は奴隷商人に売り飛ばされ、北アメリカの農場で働かされました。

つまり、黒人奴隷というのは、黒人により拉致された黒人が売られた事により始まったという事です。

アメリカでの奴隷の始まり

商品として売られた黒人は“しゃべる家畜”として扱われ、白人農場主は彼らを明らかに下に見ていました。

南北戦争と奴隷解放宣言

アメリカ合衆国はインディアンと戦いながら、領土を西へと広げます。征服した土地は一定の条件を満たすと州に昇格しました。

西へ進行し、インディアンとの戦いを行ってきた

このとき、新しい州は奴隷を認めるか、奴隷を禁じるかの選択をします。これ以後、新しい州ができるたびに、アメリカでは奴隷を認めるか認めないかの激しい議論が行われました。

1860年の大統領選挙で、奴隷制拡大反対を主張する共和党のリンカーンが大統領に当選しました。すると、奴隷制度を認めている南部の州が団結して連邦政府に対抗します。

なんと、南部諸州はアメリカ連合国という別の国をつくって独立しようとしました。このせいで、1861年に独立戦争がはじまってしまいます。
この戦争を「南北戦争」といいます。

南部諸州は、南部で奴隷たちが生産している綿花を買ってくれるイギリスの支援を期待しました。

リンカーンはイギリスなどの外国が南北戦争に介入してこないよう、戦争の目的を経済的な争いではなく、黒人奴隷を解放するためだとします。そのため、1863年に奴隷解放宣言をだしました。

すでに、奴隷貿易を廃止していたヨーロッパの人々はリンカーンの主張を支持します。奴隷制反対の世論を気にしたイギリスは南部を支援することができなくなりました。戦争はリンカーン率いる北部の勝利で終わります。

奴隷解放宣言後も南部で続いた黒人差別、ジム・クロウ法とは

学校の授業では、奴隷解放宣言が出された後のことはあまり触れられません。そのため、黒人差別は南北戦争後に弱まったと考えがちです。しかし、実際は全然違います。

黒人は奴隷という身分ではなくなりました。しかし、彼らには財産が全くと言っていいほどありません。無一文の状態で放り出された黒人たちを、白人農場主は小作人(シェアクロッパー)として雇いました。

黒人に対して白人農場主は、人間としては扱うが、自分たちと対等な市民ではない。黒人はあくまでも、格下の農業労働者に過ぎないという対応をしたのです。

1877年、北軍が南部の占領を終えて引き上げると、南部諸州で黒人に対する差別が復活しました。黒人投票権は制限され、黒人取締法を制定して差別を制度化しました。

黒人は法律上自由ですが、社会的には差別された存在となります。
この状況を“ジム・クロウ”といいます。
黒人は学校や交通機関、公園などあらゆる公共施設で白人と分離されました。

白人と黒人が同じ施設・設備を一緒に使うことなど許されませんでした。
しかも、その状況を1896年の最高裁判決で認めてしまいます。

隔離しているが、差別ではないという奇妙な主張が堂々とまかり通っていたのです。

ジム・クロウ法による差別はいつまで続いたか知っていますか?
実は、1964年の公民権法が出されるまでずっと続いてきたのです。

1950年代、キング牧師やマルコムXといった活動家が差別撤廃を訴える公民権運動を起こし、ケネディやジョンソンなどが公民権法を制定するまで続いたということですね。

最近発生した黒人差別問題(2018年スターバックス、2020年ジョージ・フロイド氏)

公民権法成立後も、黒人に対する差別行為はなくなりませんでした。2年前の2018年、スターバックスで店員が二人の黒人男性が注文せずに店の中にいただけで、警察を呼ばれ逮捕されました。黒人男性たちは友人と待ち合わせをしていただけでした。

この時の様子を写した動画はTwitterで拡散され900万回以上再生されます。
スターバックスは強い非難を浴び、ボイコット運動にまで発展しました。

当時のスターバックスのCEO(最高経営責任者)は2人に対し、深いお詫びの気持ちを表しました。

また、ジョージ・フロイド氏の殺害事件では撮影された映像とともに、いまだにアメリカで黒人差別が続いていることをまざまざと見せつけました。

今回のジョージ・フロイド氏の殺害事件は、非常にショッキングでした。「息ができない」といって、抵抗できないフロイド氏を白人警察官が押さえつけ、首を圧迫する映像は、白人による黒人差別の象徴と写ったのでしょう。

まとめ

アメリカの黒人差別の歴史は奴隷貿易にまでさかのぼります。黒人奴隷を認めるべきか否かをめぐって南北戦争がおき、戦争中の奴隷解放宣言で黒人奴隷は解放されました。

しかし、黒人に対する差別はその後も続き、黒人を隔離・差別する“ジム・クロウ法”が公然とまかり通っていました。

“ジム・クロウ法”は公民権法の成立で消滅します。
しかし、黒人への差別感情は根強く、近年でも黒人は「取り締まられるべき対象」とみなされ、しばしば警察によって取り締まられました。

アメリカが持つ「よくない一面」が黒人差別であることを、私たちも忘れてはならないのではないでしょうか。

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元予備校講師X
執筆者:元予備校講師X
社会科講師歴10年以上の元予備校講師。 学習塾での講師経験を含めると15年以上、社会科講師として教壇に立っていました。 現在はニュース解説記事などを書いてWeb上にアップしています。 目下の関心事はアメリカ大統領選挙とコロナショックが世界経済にどのよう影響を与えるかです。