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独裁国家ベラルーシ。背後に潜むロシアの影。

ベラルーシってどんな国?

ベラルーシ共和国はロシアの隣国です。

ロシアの隣国 ベラルーシ

ベラルーシの総人口は940万人前後で東京都の人口とほぼ同じくらいであり、国土の45%は森林で木材は貴重な輸出品です。

主要産業は農業でライ麦や小麦を生産しています。
石油はある程度算出しますが輸出するほどではありません。天然ガスはロシアからの輸入に頼っています。

かつてはポーランドやリトアニアの影響を強く受けていました。しかし、ロシア帝国に編入されてからは多くのロシア系移民がベラルーシに流入し、ロシア化が進みました。

ソ連からの独立とルカシェンコ政権の成立

1917年、ロシア革命が起きロシア帝国が崩壊しました。
革命後にできたレーニン率いるソビエト政権は外国の干渉を退け、新政権の基盤を固めます。

1922年、ロシア革命で独立したベラルーシはウクライナ、ザカフカース、ロシアとともにソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)を結成しました。それ以降、ベラルーシはソ連を構成する共和国の一つとなります。

ソビエト連邦を構成した国々

1991年、保守派のクーデターでソ連が無力化し、ソ連を構成する共和国が独立を宣言します。このとき、ベラルーシも独立しました。

その後、1994年におこなわれた大統領選挙で現在の大統領である「ルカシェンコ氏」が当選。
ここから20年以上に及ぶルカシェンコ政権がはじまりました。

ルカシェンコ政権とロシアの関係とは?

ソ連解体の時に見られるように、ルカシェンコ政権とロシアのエリツィン政権の仲は良好でした。1999年にはベラルーシ・ロシア連合国家創設条約を結び、両国の統合を目指します。

ルカシェンコがエリツィンと結んだ連合国家創設条約では、ベラルーシとロシアの地位は対等であり、ルカシェンコが連合国家の元首となり最高権力者になる可能性もありました。

汎用2 ルカシェンコ
へへへ、これで俺がトップになる可能性が出てきたな・・!

しかし、2000年にプーチンがロシア大統領になるとロシアとベラルーシの関係にひびが入ります。その原因は、プーチン大統領がベラルーシをロシアに吸収合併すると示唆する発言を繰り返したからでした。

吸収合併となるとルカシェンコが連合国家の主導権を握ることはできません。
あくまでロシアがベラルーシを併合する形での合併を迫るプーチンに対し、ルカシェンコは独立を失う併合には応じないとして拒否する姿勢を崩していません。

プーチン
ベラルーシはロシアに入れた方がいいのではないか?ソ連時代のような連邦国家は不要である。
汎用2 ルカシェンコ
話が違うやんけ!!ロシアに入ったら、ベラルーシは国家とての主権も失うし、私もトップに立てないだろ!ただの地方になってまう!
吸収なんて無理や!

プーチンの登場によりルカシェンコの野望は潰えてしまいました。そればかりか、吸収合併されてしまえばルカシェンコの地位が失われてしまいます。

その後も吸収合併を迫るプーチンに対し、ルカシェンコは独立を失う併合には応じないとして拒否する姿勢を崩していません。

とはいえ、ロシアとベラルーシは切っても切れない関係にあることは確かです。2010年にロシアの天然ガスをめぐって両国が対立した時、ルカシェンコはすぐにロシアとの関係改善を図っています。

農産物の最大輸出先であり、天然ガスの供給源であるロシアと対立することはベラルーシにとって得策ではありません。ルカシェンコ大統領のロシアと対立する発言と裏腹に、ベラルーシはロシアなくして国家の存続ができない状態となっているのです。

強まるルカシェンコ大統領の独裁

ベラルーシ大統領の任期は1期(5年)です。
再選を含めて、大統領の任期は2期(10年)に限られていましたが、2004年9月、ルカシェンコ大統領はベラルーシ憲法を改正し、3選以上の多選を可能とします。

長期政権への道を開いたルカシェンコのベラルーシに対し、アメリカのブッシュ大統領は最悪の独裁国家だとしてルカシェンコを強く非難します。

ブッシュ政権は「テロとの戦い」を標榜し世界の独裁国家に批判的な姿勢を取っていました。2002年の一般教書演説でブッシュ大統領は北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と名指しで批判しています。

ブッシュ大統領は「悪の枢軸」とともに打倒すべき独裁国家の一つとしてベラルーシを上げました。そして、ブッシュ大統領は大統領の任期を長期化させたベラルーシのことを「最悪の独裁国家」と非難します。

強まる国際的非難をものともしないルカシェンコは2006年の大統領選挙で得票率80%以上を獲得し圧勝します。ところが、この選挙は不正が疑われています。得票率の操作や野党候補者への弾圧などが行われたというのです。

2010年、2015年の選挙でも80%以上の得票率を獲得したとされますが、高すぎる得票率や野党指導者への弾圧によって選挙の正当性は疑われています。

ルカシェンコ大統領の六選に反対するデモの発生

2020年の大統領選挙はそもそも波乱含みでした。

ルカシェンコ大統領の当選を阻止する為、政権に批判的であった「とあるブロガー」がいました。しかし、そのブロガーも出馬を禁止され逮捕されてしまいます。

有力な野党指導者が次々と立候補を禁じられ、逮捕者も出ます。

有力な立候補者を失った野党は、ブロガーの妻である「チハノフスカヤ氏」に白羽の矢を立てます。

大統領候補者となった「チハノフスカヤ氏」
著作者:Serge Serebro File:Sviatlana Cichanowskaja Vitebsk 02.jpg

チハノフスカヤ氏は夫の釈放や、民主化を求めて大統領選に立候補。

2020年8月9日、ベラルーシで大統領選挙が行われました。
選挙の結果はルカシェンコ大統領の勝利で、ルカシェンコ大統領の六選が決まります。

チハノフスカヤ氏ら野党は大統領選挙に不正があったとしてやり直しを要求します。首都ミンスクでは大統領選挙のやり直しを求めるデモが発生し、数万人規模に膨れ上がりました。

デモは8月17日から3週連続で発生。
8月30日のデモでは反政権派の市民10万人以上が参加しました。
これに対し、ルカシェンコ政権は治安部隊を展開してデモ隊を包囲します。デモ開始数時間で、120人以上のデモ参加者が政権側によって拘束されました。

選挙後、野党候補者のチハノフスカヤ氏は2人の子供と共に隣国のリトアニアに亡命しました。野党指導者や政府の反対する人物が次々と逮捕されてきたルカシェンコ政権のやり方を考えると自分の身にも危険が及ぶかもしれないとチハノフスカヤ氏は考えたのかもしれません。

実際、チハノフスカヤ氏は「安全が感じられるようになれば帰国したい」と話しています。ロイター通信の記事によれば、主な反政府活動の指導者は収監されているか、亡命しているかだとのことです。

ルカシェンコ大統領の強硬姿勢の背景には、ロシアの支持があります。
プーチン大統領とルカシェンコ大統領は電話会談を行い、ルカシェンコ大統領の当選を正当であると認めました。

加えて、プーチン大統領はルカシェンコ大統領から要請があればベラルーシにロシアの治安部隊を派遣すると伝えました。プーチン大統領としてはベラルーシの混乱が自国に波及するのを恐れているのかもしれません。

ロシアにおいてもプーチン政権に対して強権的だとの批判はあり、2020年9月には野党指導者のナワリヌイ氏が毒殺されそうになったというニュースが流れています。ロシア政府はもちろん否定しています。

まとめ

ベラルーシは農業を中心とする人口1,000万人弱の国です。かつてはロシアと共にソ連を構成する共和国の一つでした。ソ連崩壊後、ベラルーシではルカシェンコが大統領に当選し、政権の座につきます。

1994年以降、ルカシェンコは大統領選挙で当選し続けます。大統領の多選を禁じていた憲法を改正したルカシェンコは長期政権への道を開きました。そして、その後の大統領選挙でも当選し続けます。

しかし、国民の間には大統領選挙は不正があるのではないかという疑問がありました。2020年の大統領選挙後、選挙には不正があったと考える市民が首都ミンスクでデモを組織。3週連続で数万人規模の大規模なデモを繰り広げています。

ルカシェンコ大統領はロシアの力を背景にデモに対して強圧的な姿勢で臨んでいます。ヨーロッパ最後の独裁国家といわれるベラルーシが、今後も独裁国家であり続けるのか、はたまたウクライナのように革命が起こるのか。今後の動きから目が離せませんね。

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元予備校講師X
執筆者:元予備校講師X
社会科講師歴10年以上の元予備校講師。 学習塾での講師経験を含めると15年以上、社会科講師として教壇に立っていました。 現在はニュース解説記事などを書いてWeb上にアップしています。 目下の関心事はアメリカ大統領選挙とコロナショックが世界経済にどのよう影響を与えるかです。