タイ王室の改革を訴える若者たち

タイで長期化する学生デモ
2020年7月、タイで学生団体らによる大規模な反政府デモが発生しました。デモの背景にあるのは、2020年2月に若者らが支持した野党が憲法裁判所によって解党を命じられたことです。このとき、批判されたのは現政権を率いるプラユット首相でした。
7月18日の午後8時ころにバンコク中心部で始まった学生デモは徐々に参加者を増やし、人権活動家や大学関係者、弁護士などがステージ上で現政権の即時退陣などの要求を訴えました。そして、現政権に対し14日以内に要求に回答するよう求めたのです。

しかし、プラユット政権は学生団体側に満足のいく回答提示しませんでした。
そこで、学生団体はデモを継続します。
2020年8月16日の抗議デモは首都バンコクにとどまらず、タイ全土で繰り広げられました。
この時、批判の矛先はまだプラユット首相であり、王室批判をするものは少数でした。しかし、7月に比べると徐々に王室批判を口にする急進派が増え始めます。彼らは王室が政治的な道具として使われ反対派を弾圧する口実に利用されていると考えたのです。
こうした王室に対する不満はデモが長引くほど高まっていきました。
9月20日に行われたデモにおいて、学生たちは王宮へ行進し、王宮を警護していた警察官にワチラロンコン国王あての公開書簡を手渡します。
公開書簡には王室関連予算の透明化や王室への表現の自由などの要望が書かれていました。
さらに、10月14日には首都バンコクで数万人規模の大規模集会が開かれました。デモの参加者は抗議のシンボルとなった3本指をたてるサインを見せ、現政権の退陣と王室改革を訴えました。
学生デモ隊が掲げる3つの要求
学生デモがかかげる要求は全部で3つです。
一つ目がプラユット政権の退陣です。
プラユット首相は2014年の軍事クーデタの中心人物で、クーデタ後の暫定政権で首相の座に就きました。その後、2019年まで首相の座にとどまります。
2019年に行われた総選挙で軍を支持する政党が勝利したため、プラユット首相は続投することが決まりました。学生団体はプラユット政権が、表向きは選挙を経た民主政権を装いながら、内実は軍政時代と変わらない強権政治であると批判しているのです。
二つ目の要求は憲法改正です。
軍事政権時代の2017年、タイでは新しい憲法が施行されました。新憲法制定後も軍事政権による言論統制は続けられたため、学生たちは憲法の改正をもとめたのです。
三つ目の要求は王室改革です。
デモが始まった7月、学生たちはプラユット政権の退陣と憲法改正を強く主張し、王室改革についてはあまり触れられていませんでした。しかし、デモが長期化するにつれ、学生たちは王室こそが軍政の後ろ盾になっていると考え王室改革を主張したのです。
若者がタブーとされる王室改革を訴える理由
タイの若者たちは今までタブーとされていた王室の改革を主張しています。その理由は、大きく分けて三つあります。
一つ目は濫用されがちな王室に対する不敬罪を廃止するべきと考えるからです。
200年以上続くタイ王家は神聖不可侵なものとされます。
そのため、王家に対する誹謗・中傷は禁じられ取り締まりの対象となりました。違反したものは不敬罪に問われ最大15年の禁固刑を科されます。
この不敬罪は実際に2014年から2016年にかけて68人に適用されました。
二つ目は現国王のワチラロンコンが一年の大半を外国(ドイツ)で過ごしているからです。1年のほとんどを南ドイツのアルプスで過ごしている国王に対し、国民の反発が強まっています。
また、15歳になるティパンコーン王子も南ドイツに滞在しています。
三つ目は国王が持つ強い権限です。
タイ国王は王室独自の財源と国王直属部隊を持っています。日本のような象徴天皇制と違い、タイの国王は実際に政治に関与できる存在です。
だからこそ、国内が二分するような事件が起きた時、王室は重要な役割を果たしてきました。しかし、この王室が持つ強い権限が批判の対象となっているのです。
前国王のプミポン(ラーマ9世)は国論が二分する事態やクーデタなど非常事態が発生した時に対立する両派の調停を行い、時に軍人たちに自制を求め混乱を治めてきました。ところが、現国王は海外暮らしが長く、プミポン国王ほどの尊敬を集めていません。
その一方で、国王を擁護する動きもあります。反政府デモの中で、王族の写真を掲げ王室の用語を訴えた男性に対し、ワチラロンコン国王が「あなたはとても勇敢だ。ありがとう」と謝意を伝えたといいます。
王室をめぐるタイの複雑な国民感情が垣間見えた瞬間でもありました。
デモの背景にあるタイの経済格差
デモの背景には2014年から続く軍政への不満とタイで広がり続ける経済格差があります。もともと、タイでは都市部と農村部の経済格差が問題とされました。
特に首都バンコク周辺と他の地域ではかなりの経済格差があり、最大で6倍に及ぶとの試算もあります。
この経済格差に拍車をかけたのが新型コロナウイルス感染拡大でした。
世界経済が急速に悪化する中、タイ経済も悪化し国民生活に暗い影を落としています。観光産業や輸出産業などが落ち込み、政府は年間GDPが前年比マイナス7.5%程度という深刻な予想を立てています。
軍政への強い不満からくる民主化要求と、経済的な不満がワチラロンコン国王への不満を高めている要因と言えそうです。
プラユット政権による妥協策
こうした学生たちのデモに対し、プラユット政権はデモの禁止などの強硬策を行いました。しかし、学生たちはひるまず、デモは10月になっても収まる気配がありません。そのため、プラユット政権は憲法改正に前向きな姿勢を示すことで事態打開を目指しています。
2020年10月16日、プラユット首相は憲法改正を行う考えを明確に表明しました。国会でプラユット首相は、11月中に国会で審議し12月中に(憲法改正を)終わらせると明言することで学生たちの懐柔を図っています。
しかし、最大野党の「タイ貢献党」はデモに対するプラユット政権の対応が誤りだったとして辞任を要求しました。これに対し、プラユット首相は重ねて辞任を否定しています。憲法改正だけでデモがおさまるかは不透明な情勢だといえるでしょう。
まとめ
タイでは2020年7月からプラユット首相の辞任を要求するデモが頻発しています。デモは2020年10月段階でも継続され、プラユット首相の辞任や憲法改正、王室改革を要求してきました。
タイでは、王室に関する批判をすることはタブーとされ不敬罪を適用されかねません。それでも王室改革の主張がでてきたのはワチラロンコン国王に対する強い不満があるためです。1年の大半をドイツで過ごす国王はプミポン前国王ほどの権威はもっておらず、事態の収拾は難航しそうです。タイは日本とも関係の深い国ですので、今後の動向に注意が必要でしょう。